表題の件、ニュース等で御存じの方も多いと思いますが
現在、北海道日本ハムファイターズの投手コーチであり
その昔、読売ジャイアンツや阪神タイガースで
エースピッチャーとして名を馳せた、小林繁さんが
17日午前11時に心不全の為急逝という、悲報がありました。
関連記事
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100117-00000512-sanspo-base 18日のスポーツ紙


私も幼少期より、父の影響でプロ野球に関心を持ち
それで当然昔から、巨人のエース時代の小林氏の事も知っていましたが
とても野球選手とは程遠い様な(?)ルックスとスタイルで
元祖「ビジュアル系」みたいな?!
私は特別ファンという訳ではありませんでしたが
学校の同級生でファンが多く
「きゃ〜小林さ〜ん

」てな感じでお熱上げている子が結構いましたね。
実績も残しており、このままずーと巨人投手陣の屋台骨を支えるものかと思っていたら
78年、79年に起こった
「空白の1日」「江川問題」…。

私はその当時、まだ子供で難しい事は判りませんでしたが
周囲的には彼是色々と
「江川のせいで!!」「小林さんがかわいそう」
といった声や、反面
「江川本人が巨人に入りたいと言っているのにどうして入れないんだ」
といった声、色々あり。
そんな中、当の本人はどうかと言うと
「同情は買いたくない」「阪神に行ってからの仕事で判断して貰いたい」等と…不満や怒りなど、当の本人の方が色々あったでしょうに
そういったものを一切合切出さずに。。。
「

その言葉通り、79年は古巣相手に8勝
トータルでも22勝を挙げて
沢村賞(*)も受賞し
その後も31歳の若さで引退した83年迄連続2けた勝利。通産139勝。
その後、野球評論家やキャスター、選挙出馬等を経て
97年からは指導者として近鉄や、韓国球団
そして去年からは日本ハムのコーチとして日ハム連覇に向けて…というところでしたが…。。
因縁の(?)江川氏とも数年前のお酒のCMで共演し
水に流した…というか、色々残していたのは江川氏の方で
小林氏は割とカラッとしていた様なイメージがあったのですが。。



本当今改めて見てみますと、月並みな物言いになってしまう様ですが
小林氏は人一倍、強靭な心を持っていた。強い人だったんだなと。
でも人一倍、優しい心や人を思う心がある人だったんだなと。
本当の強さというものを、持っている人だったんだなと。
そんな小林氏だから色々な人に慕われ、支えられ、好かれたのかなとも。
そう感じました。
これ書いている今日がお通夜で、明日が告別式との事ですが
57歳。まだまだこれからだったのに…と思うと無念ですが
小林氏のご冥福を、心よりお祈り申し上げます。合掌。
*追記*
文中の
「沢村賞」ですが、プロ野球創成期の名投手、故・沢村栄治氏を記念して
シーズンで最も活躍した先発完投型の投手に対して贈られる賞の事を言います。
小林氏は巨人時代の77年と、先述のとおり79年と、2度受賞しています。
因みに昨年は、埼玉西武ライオンズ・涌井秀章投手が受賞。